浦島太郎の物語に善人は出てこない

グリム童話も日本の昔話も、それも実はけっこう怖い話だというのは有名な話です。

子供向けにアレンジされたストーリーだと、いわゆる「いい人」がたくさん出てくるのですが、本当の物語は主人公でさえいわゆる「善人」ではなく、人間のどろどろした感情がさらけ出されたような人たちばかりです。

アメリカのドラマシリーズを見ていて思うことは、いわゆる善人はほとんどいないなということですので、共通するところを感じます。

それぞれ個人がまず自分の利益を主張して、それを戦わせることは、アメリカにおいては正義なんだということがよくわかります。

歴史や文化が異なるので、日本の道徳観とは異なるのだろうと理解しました。

ところが、浦島太郎や桃太郎の本当のストーリーを聞くと、実は日本も同じような感覚があったのかもしれないと思ったりもします。

浦島太郎に善人は出てこない?

浦島太郎の実際の物語はこんな感じだという話もあります。

浦島太郎という人は、女遊びに呆けているだらしない人間でした。

あるとき、亀という女性が絡まれているのを助けたところ、街の外れの竜宮城という場所に案内されました。

太郎は、そこでキセルのようなものを吸い、華やかな女性に囲まれて楽しい時間を過ごしました。

このキセルとは実はアヘンで、華やかに見えた女性は醜女たちだったそうで、実は醜女に子供を仕込ませるための道具として太郎は連れていかれたわけです。

長い間そこに監禁されボロボロになった太郎は、箱を渡されて帰されます。

しかし、親も家もなくなっていることがわかり、絶望した太郎が箱をあけると、そこにはあのキセルが……。

太郎はそれを吸い、幻覚を見ながら崖から転落して亡くなってしまいます。

教訓話がいつの間にか正義の話に

多くの昔話や童話が、実際にはこうしたドロドロした教訓話なのだそうです。

しかし、このままでは子供に聞かせるような話ではないので、道徳を知るような話にアレンジされていったようです。

みなさんは、もし自分の子供に物語を教えるとしたら、どちらの浦島太郎の話をしたいでしょうか。

私はいずれもありだと思っています。

物語を読み終えた後に、それについてどう感じるのか、どう考えるのかといったことを話し合う時間こそが何より大切だと思うからです。

でも、きれいごとばかりでなく、現実の社会を教えるという意味で、こうした物語を語り継いでいくというのもある意味では必要なことなのかもしれませんね。

【2016年6月30日(ブログ開設158日目)の作業内容】

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